国立劇場３月歌舞伎

3月16日(日)



3月の国立は時蔵が座頭というちょっと珍しい公演。女形が座頭って、玉様以外だとあまりないよね。

菅原伝授手習鑑（すがわらでんじゅてならいかがみ）　一幕
　- 車 　 引 -　　　　　　　
舎人松王丸 = 中村錦之助(2代目)
舎人梅王丸 = 中村萬太郎(初代)
舎人桜丸 = 中村隼人(初代)
左大臣藤原時平 = 坂東秀調(5代目)

はじめて配役を聞いた時は、それはないわ～、と思ってしまった。誰もニンにはまってないもん。なので全く期待していなかったのだが、萬太郎の梅王丸が大健闘で、予想よりずっと良い舞台だった。
萬太郎は小柄ながら声も良いし、なんと言っても荒事らしいメリハリの効いた体の使い方が良い。腰を落として見得を切った姿勢が綺麗。これまで兄の梅枝に比べるとまだ大した役もつかず目立った存在ではなかったが､こういう役もこなせるんだとアピールできたのは大きい。音羽屋は若手の競争が激しいが頑張ってほしい。

萬太郎に比べると隼人はさすがにまだまだの感は強い。口跡が安定しないのがいちばん苦しい。

錦之助はやはり松王の人じゃない。やるなら桜丸じゃないだろうか。三人の中ではもちろんいちばんのベテランなので、さすがに心配はしないが、松王の大きさや迫力が不足。

秀調の時平も同様で、時平のあたりをはらう威容が乏しく､大臣と言うより官僚クラス。

處女翫浮名横櫛（むすめごのみうきなのよこぐし）　二幕六場
　- 切られお富 -　　　

お富 = 中村時蔵(5代目)
井筒与三郎 = 中村錦之助(2代目)
海松杭の松 = 市川男女蔵(6代目)
若い者喜助 = 中村萬太郎(初代)
若い者太助 = 中村隼人(初代)
赤間源左衛門 = 嵐橘三郎(6代目)
源左衛門女房お滝 = 上村吉弥(6代目)
穂積幸十郎 = 坂東秀調(5代目)
蝙蝠の安蔵 = 坂東彌十郎(初代)

この演目は前に福助で見たことがあって、めっちゃはまっていたのでその印象が強くて、え、時蔵さんがやるの？という感じだった。時蔵さんで悪婆ってどうなの？と。
「切られお富」は有名な切られ与三の男女を反対にしたものだが、設定自体だいぶ違う。お富は源左衛門の妾だが、源左衛門は堅気の商人と思っていた、､､など。まあ、あっちのお富がなぜ源左衛門の女になったのかを知らないので何とも言えないが、こちらの時蔵のお富さんは妾とは言ってもあだっぽさや貫禄はあまりなく、かごの鳥の印象。

それが昔慣れそめた与三郎に再会したことから人生の歯車が狂う。密会が源左衛門にばれて半殺しにされるも､下心のある安蔵に助けられ、再び出会った与三郎のために金を工面しようと源左衛門を強請に行き、あげくに安蔵も手にかける。ある意味、本家の与三郎よりも罪深いのだが、時蔵だと悪婆の「悪」の部分がほとんど感じられず、ただひたすら与三郎のために生きる女になっていたのが面白かった。　
特に源左衛門強請の場面で、ねちねちしたいやらしさが薄く、むしろ可愛い女がねだりに来た、みたいな印象。ひゃ～、こんなふうにねだられたら、源左衛門ほいほいお金出しそう。そういうあくまで悪婆でも可愛く品が悪くないのが時蔵らしいなあ。と。この演目本来の「悪婆もの」としての面白さとは違うような気もしたが、こういうのもありかなあ、時蔵さん素敵だからいいや。と思えてしまった。

場面的にいちばん面白かったのは、強請の場面での吉弥の女房との対決。吉弥が、こちらは色っぽく､盗賊のおかみらしいふてぶてしさと貫禄を見せ、お富への嫉妬と憎しみを上手く表現して女の対決の様相。結局源左衛門が金を出すのだが、この吉弥のおかみだったら捕り手に捕まらなければ、この後お富に刺客を送るだろうなと思わせる強さと冷酷さがあって光っていた。

錦之助の与三郎は、こちらははまって安定の二枚目優男。そういえば時蔵さんと兄弟共演久しぶりかも。

橘三郎の源左衛門はちょっと良い人風で、お富に素性を明かすところなどもう少し凄味がほしいか。切り刻むような冷酷さが余り感じられず。

彌十郎の蝙蝠安が小悪党だが人の良さそうな味。でも実を言うとこの役がどういう性根なのかいまいちつかみかねた。良い人で良いのか悪いのか、という点で。

とまあ、ちょっといろいろもやっとする点もないではなかったけど、人数の少ない座組にもかかわらずまずまず面白かったです。