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二月大歌舞伎夜の部 [舞台]

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歌舞伎座。
2月公演は初世辰之助の追善で昼夜とも縁の出演者と演目が出た。

一谷嫩軍記
一、熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷直実   吉右衛門
藤の方    雀右衛門
源義経    菊之助
亀井六郎   歌昇
片岡八郎   種之助
伊勢三郎   菊市郎
駿河次郎   菊史郎
梶原平次景高  吉之丞
堤軍次    又五郎
白毫弥陀六  歌六
相模     魁春

また熊谷か、と思わないでもなかったが、と言っても杮落とし以来だから約6年ぶりである。
吉右衛門の熊谷、前回杮落とし、その前のさよならいずれとも違う感じがするが細かいところはわからない。ただとにかく今回はさらに息子への情を深く深く胸にしまい込んだ様子が見えて悲しみが滲む。

最初の花道の出からじっと胸に全てをしまい込んで、悲しみも空しさも抑え込んで、でも溢れてしまう辛さや息子への愛情が、その後の戦物語の時も首実検の時も、熊谷からにじみ出ていた。
朗々たる声の物語の明快さに隠れる真実の痛ましさを知って観ている観客は、熊谷の心の内の血の涙を見る思い。

昔とやってることは変わらないのになぜこう印象が違うんだろう。いや変わってないわけじゃない。特に相模に首を渡す時。歌舞伎座さよならの時は相模を睨むように「わかってるな、余計なことは言うなよ」と言ってるような厳しさがあったような気がするが、今回は「わかってくれ、他にどうすることもできなかったんだよ」と心の中でわびているように見えた。

前回までの方が、熊谷から感じられる圧は凄かった。今月はむしろ淡々としているようでいて、とにかく深い。前回までが武士としての熊谷の苦悩を見せていたとすれば、今回はもっと普遍的な人間として子を自ら手にかけたものの苦悩を表していたと言えようか。
台詞だけでなく、表情だけでなく、仕草だけでなく、播磨屋の存在そのものが熊谷の渦巻く感情を体現しているようで、目も耳も一時も播磨屋から離れられなかった。

揚げ幕の近くの席で見た日、播磨屋の熊谷が出てきても、拍手できる感じじゃないわけですよ。纏ってる空気がもう、役者が出てきたんじゃなくて、息子を手にかけた男が出てきたそのもので、そんな人に拍手とか大向こうとか、とんでもない感じで。客席全体がのまれたように静まりかえっていた。

周りも素晴らしかった。
魁春の相模が本当に素敵だった。私的には先代の京屋さんに匹敵するレベル。熊谷が義経に首を見せている間小刻みに震える背中に泣ける。控えめな妻ながら息子を失った母の悲しみに暮れる口説きが切々。
雀右衛門の藤の方が品があり昔は院の愛妾の面影を残す。この二人はどっちがどっちでもいけるんだな。
菊之助の義経台詞がはっきりして御大将の気品と位取りで温情も。

そしてさらに凄かったのが歌六の弥陀六。元は武士としての気骨があり、過去への悔いや、平家一門への申し訳なさなどが十二分に見える。義経に呼び止められて、花道で顔を上げた瞬間石屋から武士の顔に戻ってる迫力に圧倒された。

竹本の葵大夫の絶唱も含めて、隅々まで隙のない大舞台。義太夫狂言の今望みうる最上の舞台を見た思い。

二、當年祝春駒(あたるとしいわうはるこま)
工藤祐経   梅玉
曽我五郎   左近
大磯の虎   米吉
化粧坂少将  梅丸
曽我十郎   錦之助
小林朝比奈  又五郎

今月は初世尾上辰之助三十三回忌追善公演。孫の左近も出演。
左近はキビキビとした行儀の良い踊りを見せ、筋の良さを感じさせる。声変わり中で台詞はこれからだが、何より視線の真っ直ぐな強さが頼もしい。将来性十分。
周りも若い左近をもり立てる。
梅玉の工藤が包容力のある様子。
錦之助の十郎が若々しく、左近と兄弟の違和感がないのは恐れ入る。
又五郎の小林もさすがに踊りが上手く、豪胆な様子もあってみせる。
米吉と梅丸が可憐。


三、名月八幡祭(めいげつはちまんまつり)
縮屋新助   松緑
芸者美代吉   玉三郎
魚惣     歌六
船頭長吉   松江
魚惣女房お竹   梅花
美代吉母およし  歌女之丞
藤岡慶十郎   梅玉
船頭三次   仁左衛門

夜の部の追善狂言。
松緑の新助は、初演と違い大御所に引っ張られて格段の出来。やはり共演者って大事よね。正直者でうぶな田舎者が、高嶺の花と思っていた女のために破滅していく姿を直球で演じた。裏切られた後の号泣、幕切れの殺しの後の高笑いに胸が締め付けられるよう。

玉三郎の美代吉、悪女ではないが、見栄っ張りでその場その場で口に出す言葉の軽さがやりきれない。いい女なんだろうが、絶対に同性に好かれないタイプ。
仁左衛門の三次もキング・オブ・クズ男で、金にだらしなく女にたかるだけの男。まあしかし、にざ様に抱きつかれて「姐は~ん」って甘えられたら、抵抗できる女はいませんな。
梅玉の藤岡の殿様が最高。鷹揚で、金の使い方も、女の切れ離れも綺麗で、まあ現実にはいそうにないが、梅玉さんがやるとピタリとはまる。

歌六の魚惣が江戸っ子らしい面倒見の良さと気の短さを見せて秀逸。
梅花、歌女之丞、京蔵がそれぞれ役にあった雰囲気を出して上々。さすがベテランの味。

ただ惜しむらくは最後の演出がなあ。音だけうるさい雷と雨、ピカピカ雷光、雨粒はミスト。ほとんど濡れない二人。土砂降りの中びしょ濡れになって地面を這いずり回りながらの殺しだからこそ陰惨さが際立つのでは?無人の舞台に満月が映える素晴らしい幕切れも床が濡れてないから月が反射しない。ガッカリ。
季節柄、濡れて風邪をひいてはということかもしれないが、そんなこと心配するんなら2月にこの演目をやらなければいい。本来夏芝居なんだから。辰之助縁の演目など他にもあったろう。そこまでの芝居が良かっただけに余計に残念だった。


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