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南座顔見世・夜の部 [舞台]

12月20日(月)
毎年12月恒例の京都南座の顔見世興行。海老蔵の休演で変に世間の注目を集めてしまったが、そうでなくても今年は歌舞伎座がないせいか知らないが、例年以上に豪華な顔ぶれと盛りだくさんな演目。これは東京からでも行かねばなりますまい。

第一 歌舞伎十八番の内 外郎売(ういろううり)
   大薩摩連中
          
曽我五郎       愛之助             
小林舞鶴       孝太郎            
小林朝比奈       猿 弥             
大磯の虎       笑三郎            
化粧坂少将       春 猿             
梶原景高       薪 車             
梶原景時       寿 猿             
茶道珍斎       市 蔵             
工藤祐経       段四郎

この五郎を海老蔵がやるはずだったんです。この演目をご存じない方もいらっしゃるでしょうけど、この五郎は歌舞伎でも有数の早口言葉みたいな大量の台詞を怒濤のごとく言わなきゃならないのです。初日の4日前だかに代役が決まった愛之助、もちろん初役。歌舞伎役者の素養として演目を知っているのと、実際に舞台にかけるのとは全然違うのだから、プレッシャーもさぞ大変だったろうと想像するが、これが目の覚めるような素晴らしい出来。代役だから、などと割り引いてみる必要など全くない、なめらかではっきりとした口跡の良さにただただ感心。
むき身の隈もよく似合ってすっきりとした男前振り。所作もきりりと決まって気持ちよい。いやほんと、惚れ惚れするくらい格好良かったなあ!
愛之助は柔らかさもあるから世話物もできるし、こうして荒事も見事にできることが認められて本当に松嶋屋ファンとしては嬉しい限り。叔父の仁左衛門に続いて、今後はぜひ勧進帳の弁慶、さらにはいつかは助六もやれる役者になっていただきたいもの。

周りでは、猿弥の朝比奈に愛嬌があって上々。
孝太郎の舞鶴もたっぷりとした様子が好ましい。
段四郎は工藤にはやや軽いか。
市蔵の珍斎は手に入った様子で滑稽な味を出した。
笑三郎、春猿が美しくて華を添えた。

第二 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
   七段目   祗園一力茶屋の場
大星由良之助       吉右衛門            
遊女おかる       玉三郎            
竹森喜多八       歌 昇             
大星力弥       種之助            
矢間重太郎       種太郎             
赤垣源蔵       歌 六           
寺岡平右衛門       仁左衛門

顔合わせの豪華さでは今月いちばん。吉仁左玉でのこの七段目は数年前の歌舞伎座でも観ていて、私の観劇史上一、二を争う名舞台だったが、この顔ぶれでまた観られるとは、もう観る前から興奮もの。

吉右衛門の由良之助は、序盤の酔態に何とも言えない色気があり、力弥の登場ですっと正気に戻る変化が明瞭で上手い。さらに、おかるに手紙を読まれたと知って冗談めかして口説く様子と、口止めのためにはおかるを殺さなければと決心している冷酷さと苦悩を一瞬垣間見せる塩梅が絶妙。
終盤で再度登場してからは本心をあらわにし、九大夫を打ち据え、苦衷を聴かせ、仲居達が出てくるとまたすっと酔態に戻って、平右衛門に九大夫の始末をさらりと命じおかるを側に寄せて幕となる。
いちいちの場面の心理描写と表情が的確で、かといって理屈くさくなく、色気と懐の大きさがあって、いや~、やっぱり当代一の由良之助は吉様だなあ。

玉三郎のおかるも絶品で、酔った風情の出から何とも言えない色気があり、由良之助に身請けしようと言われて無邪気に喜ぶ姿が愛らしく、兄平右衛門との再会の喜びも束の間、勘平の死を知って絶望するその表情の変化が哀れにも美しい。この人の、「三日限り」とか「み~んな、嘘嘘」とか言う時の手先がとても綺麗で雄弁で指から色気がこぼれ落ちるような気がして惚れ惚れする。

平右衛門の仁左衛門も、若々しく、何とか仇討ちに加えてほしい一心の一途さ、一生懸命さがあり、妹が可愛いが故に勘平や父は死んだことを告げられず苦悩する姿に哀しみがあり、一転、おかるを殺して手柄にしようとするのも、小身者の悲しさから来るある種の真正直さとも思える。由良之助に東への供を許されて有頂天に喜ぶ様に愛嬌が溢れて、観ている方も涙が微笑に変わる瞬間。

三人侍は新たな播磨屋ファミリーが揃って、ちょっと嬉しい。
力弥にも種之助。まだ硬さが見えるが行儀良い。

ほんとは、南座だから、吉右衛門と仁左衛門が逆の配役もありかな、と想像していて、そっちもちょっと観てみたかった気はするけれど、やっぱり当代最高の七段目が観られて幸せ。

    心中天網島
第三 玩辞楼十二曲の内 河庄(かわしょう)
紙屋治兵衛       藤十郎           
紀の国屋小春       扇 雀            
丁稚三五郎       翫 雀            
河内屋お庄       竹三郎           
粉屋孫右衛門       段四郎

近松の男は、忠兵衛にしろ徳兵衛にしろ、顔は良いか知らないが、つっころばしのどうしようもない優男ばっかり。その中でも最低なのがこの治兵衛で、妻子がありながら小春と深い仲になって、といって請け出して妾にする才覚はなし、その上、小春に愛想づかしをされると逆上して暴力をふるう、とまあ、そこら辺のチンピラみたいな男。
藤十郎の凄いところは、そんな治兵衛を決して美化するでもなく、文字通りどうしようもないあほな男として演じながら、なおかつ嫌悪感を抱かせないのである。他の役者ならもうちょっと同情をえられるようにしそうなものだが、藤十郎は、あくまでもわがままで幼児のような男として治兵衛を演じている。でもその中でも、小春への愛情は本物であり、だから心変わり(本当は偽なのだが)が許せない、と言う真情がひしひしと伝わるので、あほやな、と思いながらも憎めないのだ。
愛嬌のある台詞の、何とも言えない間と緩急を自在に操る演技は、上方歌舞伎の至芸としてもはや誰も追随できないところまで行っているのではないか。好き嫌いはあるが、今これを観ておかないともうこういう芝居は絶滅寸前のような気がする。

段四郎の孫右衛門は昨年に続いて二度目だが、まだ上方言葉がぎこちないし、世話物のこういう役もあまりニンではない感じ。ところがそのちょっとたどたどしい感じが、町人が武士に化けている孫右衛門のぎこちなさと通じるようなところがあり、何とも不思議な面白さを出していて、結構楽しく見えた。

扇雀の小春は意外にも初役。色気はあるが、この小春のしんなりとした儚さや優しさが薄い。やや気の強そうな小春に見えたのはちょっとどうか。

丁稚三五郎に翫雀はやや歳をとりすぎのような気もするが、ユーモラスな味わいはさすがに上手い。

第四 鳥辺山心中(とりべやましんじゅう)
菊地半九郎       梅 玉          
若松屋遊女お染       芝 雀            
坂田源三郎  玉太郎改め松 江          
半九郎若党八介       薪 車           
お染父与兵衛       寿 猿             
仲居お雪       歌 江            
坂田市之助       歌 六          
若松屋遊女お花       魁 春

岡本綺堂作の新歌舞伎。何度か観ているがこれまであまり好きになれなかったが、今回は思ったよりずっと面白かった。
まずなんと言っても芝雀初役のお染が、初々しく健気でいじらしい様子がこの人らしくぴったりはまっていて、素晴らしい。序盤で訪ねてきた父親との会話にも孝行娘らしい優しさがにじむ。芝雀がこういう娘役で「ととさん」と呼ぶ時の言い方が何とも可愛らしくて好き。
半九郎に甲斐甲斐しく世話を焼く姿に愛情が溢れ、別れと知って嘆く様子がしおらしく哀れ。最後に半九郎と共に死を決意するところも、純粋な思いが溢れるように見えて、涙を誘うさすがの出来。

相手の半九郎は梅玉。新歌舞伎の台詞が得意な人らしく、爽やかで颯爽とした二枚目振り。こちらもお染への愛情が清々しい。難を言えば、泥酔して、短気から人を殺めるような男には見えないが、潔い武士の風情があって魅せる。
芝雀ともども、あくまで品良く、過剰な演技をしないところがさすがで、二人の雰囲気も良くあって似合いの恋人同士。

歌六の市之助はやや物堅く、遊び慣れた雰囲気に欠ける。
松江の源三郎は、堅物で血気にはやった様子がニンに合って上々。なんか松江ってこういう短気な人の役が多いよね。しかし、素面の源三郎が酔ってる半九郎に負けていいのか(笑)。

第五 越後獅子(えちごじし)
角兵衛獅子       翫 雀

この越後獅子が始まった時点で時刻はもう10時20分過ぎ。近来まれに見る遅い終演で、この演目を観ずに席を立つお客さんもいらっしゃった模様。そりゃ、家が遠い人だと電車なくなるよね。
でもこれが、観ずに帰るにはもったいない面白さだった。翫雀と四人の角兵衛獅子が軽やかな踊りを見せ、鞨鼓を叩いたり、一本足の下駄でタップ風に踊ったり、最後の方では「近江のお兼」のように晒しを振って見せたりして、華やかで見せ場もたっぷりで楽しい踊り。翫雀は、こういうちょっとコミカルな踊りが本当に味があって上手くて、面白かった。

全部終わったのはなんと10時40分頃!とんでもない長さだったが、さすが顔見世、どれもとても見応えのある素晴らしい舞台だった。
さてしかし、翌日も観劇は続くのです。
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とみた

mamiさん、こんにちは。
私も三年ぶりに行きます、明日。
初めは七段目だけ見て帰ってくれば良いと思って、とりあえずチケット買ったんですが、思い直して宿をとり、すると昼の部も見たくなって、昼の部も買ってしまいました。
本当に、宿には寝に帰るだけなのです。

七段目の次に見たいのは種太郎のよだれくり。

帰ってきたら、またコメント書きます。
by とみた (2010-12-24 12:39) 

そらへい

歌舞伎といえば、東京、歌舞伎座とか国立劇場と思ってましたが
京都、南座でも見られるのでしたね。
歌舞伎は一度しか経験がなくて(確か義経千本桜)さっぱりですが
文章から堪能されているご様子がよく伺えます。
それにしても終演が10時40分とは
私のところからだと、終電に間に合わないです。
by そらへい (2010-12-24 21:42) 

nori

mamiさん 記事を楽しみに待っていました。今年の南座の顔見世は、本当に充実していて記事を読ませていただいて改めて感動がよみがえって来ました。中でも七段目は本当に素晴らしかったです。4年前に歌舞伎座でも見ているのですが、当時は本当の良さに気付いていなかったなあと思います。これからも記事を楽しみにしています。
by nori (2010-12-25 00:03) 

mami

とみたさん、
今年の顔見世の顔ぶれと演目は、歌舞伎ファンなら行かずにいられないですよねえ。
昼夜ともほんとに見応えがあって素晴らしかったですよ。
種ちゃんもがんばっていました。
昼の部は千秋楽ですね。きっと最高の舞台になると思います。
楽しんでいらして下さいね。
by mami (2010-12-25 01:18) 

mami

そらへいさん、
関西だと歌舞伎は南座、大阪の松竹座などで時々やっています。
来年1,2月には松竹座で公演がありますので、機会があったらご覧になってみて下さいね。
音楽と一緒で、知れば知るほど面白くなる、深さがありますよ。 

終演がこんなに遅くなったのは、近頃では珍しいと思います。確かに遠い方は帰れなくなっちゃいますね。
by mami (2010-12-25 01:21) 

mami

noriさん、
いや、ほんとに素晴らしかったですね!
充実感では、歌舞伎座さよなら公演以上だったと思います。
七段目は特に、名優三人がっぷりで、それぞれの良さが出て見応えがありましたね。観ることができて本当に良かったです。
by mami (2010-12-25 01:23) 

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