5月花形歌舞伎・昼の部 [舞台]
5月16日 新橋演舞場
歌舞伎座の前を通ったら、もう工事用の白い囲いがしてあった。人気のない建物はなんだか手持ちぶさたのように見えて、ほんの3週間弱前のあの喧噪が嘘のよう。次に通るときはもう取り壊しが始まっているかもしれない。寂しいなあ。でももうこうなった以上は、早く工事を進めてもらって、1日も早く新しい歌舞伎座がオープンするのを待つしかない。やっぱり演舞場で歌舞伎を観るのは、なんだか物足りない。
「歌舞伎座から新橋演舞場へ」と、チラシまで作っている割には、團菊祭は大阪へ行ってしまい、こちらは若手の花形公演というのも、ちょっと釈然としない気はする。これからの歌舞伎の中心は演舞場だ、というのなら今月こそ、先月に負けないくらいの大顔合わせの公演をやるべきじゃなかったのか、と思う。
日曜日なのに満席になっていなかったのは、そう言う観客の気持ちの表れではないかしら。
一、菅原伝授手習鑑
寺子屋(てらこや)
松王丸 海老蔵
千代 勘太郎
戸浪 七之助
園生の前 松 也
涎くり与太郎 猿 弥
春藤玄蕃 市 蔵
武部源蔵 染五郎
海老蔵もやっと真剣に古典に取り組む気になったかな、という片鱗が見えた気がする。ちょっと痩せたか、と思うような頬の細さが、偽病の松王にはよく似合った。前半では、特にあのドスの効いた声が悪者顔を強調していた。首実検は成田屋型で、前に團十郎がやったのを一度見たことがあるが、首桶を開けるのを躊躇する松王丸にしびれを切らした玄蕃が、横から桶を奪って開けて松王丸に突きつけると、松王丸はハッとして思わず刀を抜く、というやり方。見た目には動きが派手で海老蔵にはよく似合う。首桶を前に逡巡する際に例によって目力を使いすぎるのが難。「にらみ」じゃないんだから。
後半戻って真実を明かしてからも、至極まっとうに勤めていて、まずは正統派松王丸と入った風情。もちろん、小太郎や桜丸への思い入れの表現など、浅い部分は多々あるものの、これまでの海老蔵からすれば大変身と言っていいと思う。
源蔵は染五郎。忠義一途で真面目な源蔵を律儀に演じてまずまず。神棚から筆法の一巻を取り出さなかったが、あれは松島屋だけだったかしら。
勘太郎の千代が良い。余計なことをせず、それでいて子を亡くした母の嘆きが伝わる真っ直ぐな演技。先月の玉三郎より良き母親ぶり。
七之助の戸浪は、とにかく一生懸命。まだ教わったとおりにやってますのレベルではあるし、ああいう石持の衣装がまだ似合っていないのも辛いが、行儀の良さで点を稼いだ。
市蔵の玄蕃は持ち役。憎々しさも十分。
猿弥がこの座組に入るのは意外だが、涎くりのようなユーモラスな役はぴったりで笑わせた。
二、義経千本桜
吉野山(よしのやま)
佐藤忠信実は源九郎狐 勘太郎
早見藤太 猿 弥
静御前 福 助
勘太郎の踊りは本当に観ていて気持ちが良い。三津五郎もそうだが、躍動感があって、動きがきれいで、惚れ惚れする。それでいて、昔の勘三郎のようなこれ見よがしなところがないのがまた良い。この忠信でも、颯爽とした武士のキリッとした様子があり魅せる。これで狐の本性が出たときの面白さがもう一つ出れば言うこと無しだが、これはさすがに菊五郎に及ばない。全編大まじめにやっているからだが、まあ今はこの真面目さが勘太郎の持ち味でもあり、変に崩さず真っ直ぐにやってほしいと思う。
福助の静もいたって行儀良く、品と色気があって、愛妾らしい美しさ。良いときは良いのよねえ、この人も(笑)。
猿弥の藤太がここでも剽軽さを見せて笑わせる。幕切れ、去年松緑は片脚立ちで二人を見送ったが、さすがにそれは無理か。忠信が投げた笠をしっかりキャッチ。
三、新皿屋舗月雨暈
魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)
魚屋宗五郎 松 緑
女房おはま 芝 雀
磯部主計之助 海老蔵
召使おなぎ 七之助
小奴三吉 亀 寿
岩上典蔵 亀 蔵
父太兵衛 市 蔵
浦戸十左衛門 左團次
昨年春の初演を経ているので、松緑の宗五郎はかなりしっかりとこなれた出来。初めの素面での沈痛な表情から、酒が入って人格が変わっていくのを上手く見せる。下町の魚屋らしい軽妙さがあり、酔って暴れるところも踊りの上手い人らしく、動きが颯爽としていて小気味よい。持ち役になりそうな予感。
芝雀のおはまが亭主思いの気立ての良さが見えて、心暖まる様子。
亀寿の三吉、市蔵の太兵衛、七之助のおなぎとまわりも揃って上々。
磯部家側では左團次の浦戸がさすがに貫禄あって座を締め、海老蔵の殿様も殊勝な様子。
芝雀と左團次が加わったことで、座組全体に安定感があって、落ち着いて観ることができた。
四、お祭り(おまつり)
鳶頭 染五郎
芸者が絡んだり、いろんなバージョンが出来る演目だが、今回は若い、というか子役の錦成が絡んで活躍。なかなか達者なところを見せた。
染五郎の方は颯爽といなせな様子がよく似合い、踊りも上手く見せるが、ほろ酔い加減で女とののろけ話を聞かせるやわらかさやおかしみが今ひとつか。
絡みの若い衆の数がちょっと少な目で、なんだか舞台面も寂しい気もした。まあ、菊五郎劇団は大阪に行っちゃってるからねえ。
昼の部の四演目とも、どの役者もほとんど羽目を外さず非常に行儀の良い舞台だったのが印象的。もっとも、そうならそうで、若い人はもっと冒険したら、なんて天の邪鬼なことを思うのも観客のわがままさ(苦笑)。
歌舞伎座の前を通ったら、もう工事用の白い囲いがしてあった。人気のない建物はなんだか手持ちぶさたのように見えて、ほんの3週間弱前のあの喧噪が嘘のよう。次に通るときはもう取り壊しが始まっているかもしれない。寂しいなあ。でももうこうなった以上は、早く工事を進めてもらって、1日も早く新しい歌舞伎座がオープンするのを待つしかない。やっぱり演舞場で歌舞伎を観るのは、なんだか物足りない。
「歌舞伎座から新橋演舞場へ」と、チラシまで作っている割には、團菊祭は大阪へ行ってしまい、こちらは若手の花形公演というのも、ちょっと釈然としない気はする。これからの歌舞伎の中心は演舞場だ、というのなら今月こそ、先月に負けないくらいの大顔合わせの公演をやるべきじゃなかったのか、と思う。
日曜日なのに満席になっていなかったのは、そう言う観客の気持ちの表れではないかしら。
一、菅原伝授手習鑑
寺子屋(てらこや)
松王丸 海老蔵
千代 勘太郎
戸浪 七之助
園生の前 松 也
涎くり与太郎 猿 弥
春藤玄蕃 市 蔵
武部源蔵 染五郎
海老蔵もやっと真剣に古典に取り組む気になったかな、という片鱗が見えた気がする。ちょっと痩せたか、と思うような頬の細さが、偽病の松王にはよく似合った。前半では、特にあのドスの効いた声が悪者顔を強調していた。首実検は成田屋型で、前に團十郎がやったのを一度見たことがあるが、首桶を開けるのを躊躇する松王丸にしびれを切らした玄蕃が、横から桶を奪って開けて松王丸に突きつけると、松王丸はハッとして思わず刀を抜く、というやり方。見た目には動きが派手で海老蔵にはよく似合う。首桶を前に逡巡する際に例によって目力を使いすぎるのが難。「にらみ」じゃないんだから。
後半戻って真実を明かしてからも、至極まっとうに勤めていて、まずは正統派松王丸と入った風情。もちろん、小太郎や桜丸への思い入れの表現など、浅い部分は多々あるものの、これまでの海老蔵からすれば大変身と言っていいと思う。
源蔵は染五郎。忠義一途で真面目な源蔵を律儀に演じてまずまず。神棚から筆法の一巻を取り出さなかったが、あれは松島屋だけだったかしら。
勘太郎の千代が良い。余計なことをせず、それでいて子を亡くした母の嘆きが伝わる真っ直ぐな演技。先月の玉三郎より良き母親ぶり。
七之助の戸浪は、とにかく一生懸命。まだ教わったとおりにやってますのレベルではあるし、ああいう石持の衣装がまだ似合っていないのも辛いが、行儀の良さで点を稼いだ。
市蔵の玄蕃は持ち役。憎々しさも十分。
猿弥がこの座組に入るのは意外だが、涎くりのようなユーモラスな役はぴったりで笑わせた。
二、義経千本桜
吉野山(よしのやま)
佐藤忠信実は源九郎狐 勘太郎
早見藤太 猿 弥
静御前 福 助
勘太郎の踊りは本当に観ていて気持ちが良い。三津五郎もそうだが、躍動感があって、動きがきれいで、惚れ惚れする。それでいて、昔の勘三郎のようなこれ見よがしなところがないのがまた良い。この忠信でも、颯爽とした武士のキリッとした様子があり魅せる。これで狐の本性が出たときの面白さがもう一つ出れば言うこと無しだが、これはさすがに菊五郎に及ばない。全編大まじめにやっているからだが、まあ今はこの真面目さが勘太郎の持ち味でもあり、変に崩さず真っ直ぐにやってほしいと思う。
福助の静もいたって行儀良く、品と色気があって、愛妾らしい美しさ。良いときは良いのよねえ、この人も(笑)。
猿弥の藤太がここでも剽軽さを見せて笑わせる。幕切れ、去年松緑は片脚立ちで二人を見送ったが、さすがにそれは無理か。忠信が投げた笠をしっかりキャッチ。
三、新皿屋舗月雨暈
魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)
魚屋宗五郎 松 緑
女房おはま 芝 雀
磯部主計之助 海老蔵
召使おなぎ 七之助
小奴三吉 亀 寿
岩上典蔵 亀 蔵
父太兵衛 市 蔵
浦戸十左衛門 左團次
昨年春の初演を経ているので、松緑の宗五郎はかなりしっかりとこなれた出来。初めの素面での沈痛な表情から、酒が入って人格が変わっていくのを上手く見せる。下町の魚屋らしい軽妙さがあり、酔って暴れるところも踊りの上手い人らしく、動きが颯爽としていて小気味よい。持ち役になりそうな予感。
芝雀のおはまが亭主思いの気立ての良さが見えて、心暖まる様子。
亀寿の三吉、市蔵の太兵衛、七之助のおなぎとまわりも揃って上々。
磯部家側では左團次の浦戸がさすがに貫禄あって座を締め、海老蔵の殿様も殊勝な様子。
芝雀と左團次が加わったことで、座組全体に安定感があって、落ち着いて観ることができた。
四、お祭り(おまつり)
鳶頭 染五郎
芸者が絡んだり、いろんなバージョンが出来る演目だが、今回は若い、というか子役の錦成が絡んで活躍。なかなか達者なところを見せた。
染五郎の方は颯爽といなせな様子がよく似合い、踊りも上手く見せるが、ほろ酔い加減で女とののろけ話を聞かせるやわらかさやおかしみが今ひとつか。
絡みの若い衆の数がちょっと少な目で、なんだか舞台面も寂しい気もした。まあ、菊五郎劇団は大阪に行っちゃってるからねえ。
昼の部の四演目とも、どの役者もほとんど羽目を外さず非常に行儀の良い舞台だったのが印象的。もっとも、そうならそうで、若い人はもっと冒険したら、なんて天の邪鬼なことを思うのも観客のわがままさ(苦笑)。
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