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芸術祭十月大歌舞伎・夜の部 [舞台]

10月19日 歌舞伎座

義経千本桜

今月夜の部は「義経千本桜」の半通し。一昨年全段通しをやったばかりだから、もうこの歌舞伎座では全通しはやらないということだろう。こうやって、どの演目も毎月「これでここで観るのは最後」と思うと、だんだん切なくなってくるなあ。

一・渡海屋・大物浦
吉右衛門の知盛、玉三郎の典侍局、富十郎の義経、段四郎の弁慶、歌六の相模五郎、歌昇の入江丹蔵

吉右衛門当たり役の知盛がとにかく圧巻。銀平としての始めの花道の出から、何気なくすっすっと歩いてくる様子はいかにも船宿の主らしい颯爽とした味わい。相模五郎らを簡単に片付けながら奥にいる義経一行に聞かせる腹での台詞にさりげなくもきっちりとした思い入れが見える。
衣装を替えて知盛となってからは武将としての大きさと気品があり、天皇を敬う様子に真摯さがこもり、ここ一番と覚悟を決めた力強さと悲壮さ溢れる姿が立派。
だがそれよりさらに凄いのは、やはり手負いとなって戻ってきてからで、気力を振り絞るような「天皇はいづくにおわす」の台詞以下、本当に血を吐いてるんじゃないかと思うような気迫と悲痛さに圧倒される。「生き変わり死に変わり」闘い続ける源平の関係を疑いもしない知盛が、「仇に思うな」との帝の言葉に心が折れる様子が自然で、義太夫の糸にのっての六道の台詞も明解で、義経に帝を託して「あらうれしや、昨日の敵は今日の味方」と言うに至る知盛の心の変化が胸を打つ。最後の入水も悲壮感溢れる中に豪快さ雄大さがあって本当に立派。一瞬たりとも目が離せないような知盛で、観ているこちらの魂がえぐられるような、胸が痛くなるような吉右衛門の知盛だった。

しかしあそこで帝にあの台詞を言わせた作者は凄い。あれがなければ知盛は最後まで義経を敵と思って恨んで死んでいったんだろうから。

玉三郎の典侍の局も吉右衛門に釣り合いがとれて素晴らしい出来。お柳としての仕方話も程良いくだけ方でよく聞かせたが、やはり本領は典侍の局となってからで、帝を敬い慈しむ様子が十二分で、気品もあり、死を覚悟して悲しみの溢れる様子が哀れにも美しい。
同じ乳母でも政岡の時は実の息子を見殺しにしてもという非情さが前に出て冷たさも感じられたが、この典侍の局では文字通り心血を注いでお育てした帝への愛情と敬慕がひしひしと感じられて、普段あまり玉三郎の演技では泣かないのだが今回はどっと涙を誘われた。

これまで何度もこの演目を観て、義経にあまり注目することはなかったと思う。「義経千本桜」にもかかわらず、どっちかというと脇役、悪く言えば狂言回し的な存在。
それがこの富十郎の義経は御大将らしい存在感と気品があるのは当然として、知盛と典侍の局から安徳帝を預かって守護していく使命をどれほど重く受け止めているかがわかるようだったのがさすが。帝が言葉を発しているときは目を閉じて頭を垂れ敬意を表す、その何気ない様子に義経の大きさが見え、何より幕切れ、知盛が入水するのを見届けると花道で深く礼をして哀悼の情を示す様子に同じ武将としての知盛に対する共感や同情、敬意が見えて深い感動を覚えた。どの義経もやっている仕草なのだろうけれど、これほど深い思い入れが見えたのは他の人ではなかったことで、これは富十郎と吉右衛門の信頼関係からくるものかもしれないとさえ思った。

思えば歌六と歌昇でこういう風に芝居をするのは意外と少ないかも。息のあった様子で、魚尽くしも楽しい。歌六の相模は普段あんまり三枚目役者ではないのでそれほど無理に笑いを取る方向ではなく、ほどほどなさじ加減がこの人らしい。歌昇は手に入った風情で、後の注進のくだりでは悲壮さも見せて立派。
弁慶は段四郎。最後の法螺貝の音に鎮魂の気持ちがこもり、場内も浄化されたよう。

二・吉野山
菊五郎の忠信実は源九郎狐、菊之助の静御前、松緑の速見藤太

菊五郎の忠信はやっぱり良いなあ。他にも忠信をやる人はいっぱいいるけど、男前で颯爽としていて、静にかしづく様子が気持ちよく、戦語りは凛々しく、でもふと狐に戻るとちょっと可笑しくて愛嬌もあって、と言うこと無しの忠信は菊五郎の他にはまだいない。
菊之助の静も愛らしく美しく、品もあって、菊五郎と並んで雛人形の振りをするところなどまるで一幅の絵のよう。
松緑の藤太も可笑しさがあってなかなか良い出来。幕切れは忠信が投げた笠を受け止めて、片脚立ちで幕が引かれるのを待つ。結構長い時間なので大変そうだがちゃんと持ちこたえてました。

幕切れは、静を先に見送って、忠信実は源九郎狐が一人引っ込む。澤瀉屋型だと狐六方だが音羽屋なのでそれはなく、鼓の音に聴き入って狐に戻る風情をした後、おっといけない、と言った表情で引っ込んでいくのが愛嬌ある様子で楽しい終わり。

三・川連法眼館
菊五郎の佐藤忠信・源九郎狐、時蔵の義経、菊之助の静御前

菊五郎はまず本物の忠信としては武将らしいきりっとした様子が立派で、義経に疑いをかけられていぶかしむ中にも落ち着きのある風情が大人らしい。
源九郎となってからも、もうかなり自然体というか、ほとんど狐言葉も強調しないし、ましてやアクロバティックな動きはさすがにお年から言っても無理はしていないと言うか、若手の役者がやるようには飛び上がったり動き回ったりはしていない。けれど、この場で大事なのはそういうケレンではなく、子狐が親に寄せる愛情と孝心であって、そこが十分に見せられればいいのだと言うことを菊五郎は教えてくれる。義経に鼓を与えられての喜びようの愛らしさにこちらまで口許がほころんでしまう。

時蔵の義経に気品があって、子狐に自分の運命を重ねる様子に憂いがあってさすがに魅せた。
菊之助の静も、ここでも愛らしさ美しさがあって魅せるが、いま一歩狐への情があればと言うところ。

吉右衛門といい菊五郎といい、今最高の知盛と忠信で現歌舞伎座おそらく最後の「義経千本桜」が観られたことはほんとうに嬉しい。この先ずっと覚えていたい名舞台。


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リュカ

歌舞伎座、結局まだ一度も踏み入れてないので
行ってみたいです。
一幕見席を買ってみようかしら・・・と思ったのですが
Webでは値段がわからないんですよね。
でも一幕見よりも、ちゃんと見た方がいいのかな~。
by リュカ (2009-10-21 08:15) 

nori

ご無沙汰しています。歌舞伎座さよなら公演が魅力的なので、夜の部だけですが、上京のついでに、6月、9月、10月と観に行きました。夜の部の記事を楽しみにしていましたが、読ませていただいて、当日の素晴らしい舞台がよみがえりました。吉右衛門の知盛は本当によかったです。
 私は観た日は、花道から菊五郎が投げた編み笠が客席に落ちましたが、舞台に投げるのは難しいでしょうね。
 これからも記事を楽しみにしています。あと、何回、歌舞伎座にいけるでしょうか?いつもこれが最後と思ってみていますが。
by nori (2009-10-21 23:05) 

mami

リュカさん、こんばんは。nice!&コメントありがとうございます。
一幕見の値段などは歌舞伎座のHPでチェックできますよ。
今月のなら
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2009/10/post_48-Schedule.html
でどうぞ。

とりあえず歌舞伎座を覗いてみたい、ということなら幕見でも良いですが、私としては一度は一部全部ご覧になるのをお薦めします。というのは、歌舞伎にも踊りや世話物、時代物などいろいろあって、どれが趣味に合うかわからないからです。幕見で観た演目がたまたま面白くなくて、歌舞伎って退屈~、なんて印象を持ってしまったらもったいないなあ、と思うんですね。
3階席なら2500円ですから、一度ぜひトライしてみて下さいませ。でもお尻は痛くなりますよ(笑)。
by mami (2009-10-21 23:42) 

mami

noriさん、こんばんは。
6,9,10月というと、どれも吉右衛門さんが活躍されてる月ですね~。
今月の知盛もほんとうに素晴らしかったです。わざわざ観に来られた甲斐があったのではないでしょうか。

あら、やっぱりちゃんと笠が飛ばないこともあるんですね。私が観たときは見事ストライクでしたので、上手いなあと思って観ていたんですけど。文楽ではこの吉野山で静が扇を投げますがあれも難しそうですよね。

今後もさよなら公演は楽しみですね。大変だと思いますがまた足をお運び下さい。私は12月の顔見世に遠征するかどうか迷っているところです。
by mami (2009-10-21 23:51) 

リュカ

わ~!ご丁寧にありがとうございます^^
そうですよね。ほんとは全部見る方がいいですよね~。
3階席2500円はリーズナブルっ
今の歌舞伎座があるうちに、ぜひとも踏み入れてみたいと思います!!
by リュカ (2009-10-22 20:29) 

mami

リュカさん、
2500円なら、映画を見るのとそう変わらなくて4時間以上も楽しめるんだからお安いですよ~。(別に歌舞伎座の回し者じゃありませんが)
ぜひ一度ご覧になって下さいね!
by mami (2009-10-23 00:59) 

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