11月7日(月) 平成中村座

東京に、浅草に、平成中村座が、そして勘三郎が帰ってきた。
ご存じの通り、今年初めから病気休養していた勘三郎。この中村座公演も、春先には実現が危ぶまれた。それがこうして、予定通りの公演ができるまでに回復した。もちろんまだまだ本調子ではないだろうが、今はとにかく、舞台に立てるようになっただけでも喜ばしい。

一、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
  角力場            
濡髪長五郎  橋之助      
山崎屋与五郎/放駒長吉  勘太郎
吾妻  新吾

先月御園座で吉右衛門の濡髪で観たばかり。何も二ヶ月続きで同じ演目やらなくてもいいのに。
どうしてもまだ吉様のが残像としてちらつくから、橋之助には分が悪い。まあ、そこを何とか振り払えば、橋之助の濡髪も、重量感こそ乏しいながら(何しろ細い人だからね)、びしっと決まった貫禄があり、男の色気もあってなかなかの様子。元々二枚目の人だけど、この頃色気が増してきたよね。

勘太郎は二役。初役だったろうか?まだどちらもやや硬さが見られる。特に、つっころばしの与五郎ではもう少しふにゃふにゃした感じが欲しいところだが、育ちの良い若旦那の風情はある。
長吉の方がニンに合っているのだろう、無理なく見られた。少年の一途さ、真っ直ぐさが踏みにじられた悔しさがよく出て気持ちよい。

二、お祭り(おまつり)
鳶頭鶴松  勘三郎

病気休演からの復帰と言えば、この演目、とこの頃は決まったような気さえする。なんと言っても、大向こうの「待ってました!」に「待っていたとはありがてえ」と返すところが、演技を越えて役者とファンの心をつなぐような具合なのだ。
この日も、特別中村屋贔屓でない私でさえ、心の中で「待ってました!」と声をかけていた。そして1年1ヶ月ぶりに生で聞いた勘三郎の声に、思いがけず涙が出てしまった。再びこの人の舞台が見られて本当に良かった。
踊り自体は、巧者の勘三郎には物足りないくらいだが、安定した足捌きや手の決まり方がさすがに美しく、それよりなにより、粋でいなせな雰囲気が格好良く、短いながら勘三郎の魅力がよく出た舞台。

三、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
  渡海屋   
  大物浦    
渡海屋銀平実は新中納言知盛  仁左衛門       
女房お柳実は典侍の局  孝太郎             
入江丹蔵  勘太郎              
源義経  七之助            
武蔵坊弁慶  彌十郎  
相模五郎  橋之助

思えば、仁左衛門も大病から復帰した人だった。復帰した時の「お祭り」は語り草。「待ってました!」がそれこそ降るようにかかって、凄かったよなあ。あれを経て、今この人の舞台をこうして見られる幸せを改めて思う。

その仁左衛門の知盛、銀平としての出では、颯爽として貫禄ある親方という粋な風情がぴったり。
衣装を新ためて知盛に直っての出では気品ある中納言の様子で、覚悟を決めた様子に厳しさと凛々しさがあって美しい。この白い装束がほんとにお似合いだわ。
しかしなんと言っても出色は、終盤手負いになって戻って来てからで、あくまで源氏に手向かおうとする鬼気迫る執念と、帝の言葉に心折れてからの諦念の変化を鮮やかに見せる。帝への忠誠心が強く、源氏を敵としながらも父清盛の悪行も冷静に見据えた知盛の聡明さが強く出た。仁左様の演技は、本当に真っ直ぐ心に響いて、心臓をわしづかみにされるようで胸が痛くなってしまう。

孝太郎が大健闘。初役だろうか。だがとても落ち着いてやっていて、お柳としての世話女房振りもほどよいくだけ具合で、さらりと見せ、局と直ってからも乳母らしい品と帝への愛情が自然に見えて上々。良い立女形になってきたなあ。

橋之助と勘太郎は、前半ではもう少しおかしみを出してもいい気もするが行儀良く。後半ではそれぞれ凛々しさと勇壮さを見せた。
七之助の義経は品はあるがやや線が細く、御大将の貫禄に乏しい。同じ武士としての知盛への敬意などももう少し見せて欲しい。


2階席後方からの眺め。大きな提灯が。