5月24日 新橋演舞場
演舞場と歌舞伎座の違いはいろいろあるが、いちばん寂しいのはロビー売店の品揃えかも。めでたい焼きはもちろん、目の前で焼いてる人形焼きもないし、グッズの種類も少ない。なので幕間が何とも手持ちぶさたなのである。空間がないんだからしかたないけどねえ。
改めて夜の部の配役を見ていたら、あれ勘太郎がいない。次の舞台の稽古があるからかな?ちょっとがっかり。
一、一谷嫩軍記
熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷直実 染五郎
源義経 海老蔵
相模 七之助
藤の方 松 也
梶原平次景高 錦 吾
堤軍次 亀三郎
白毫弥陀六 歌 六
先月、播磨屋の大舞台を都合三回も観たので、比べるのは無理と思ってもやはり比べてしまうのが観客である。
冒頭、花道を歩いてくる染五郎の熊谷を見て、ああこれはダメかも、と思ってしまった。もちろん、一応悄然とした様子ではあるのだが、ただ見た目にトボトボとしているだけで、熊谷の深い悲しみややりきれなさが全然見えなかったからだ。そう言う空気をまとう、と言うのは形からでは出来ないのだろう。
舞台に上がって相模と二人のやり取りになってからも、一生懸命やってはいるのだが、酷な言い方だが大いなるままごとのようで見ていられない。藤の方を相手にもなんだかドタバタしているし、やっぱり染ちゃんにはまだ無理か~、と溜息をつきかけたところで、物語となる。
ところが、この物語が俄然良かったのだ。義太夫の糸にのった台詞廻しの調子の良さ、扇子を使っての動きの大きさ、時々幸四郎より吉右衛門に似ている気がする表情、どれもなかなか立派なもので、ここで一挙に点数を挽回した。そこまでの腹だけで見せる場面はともかく、物語の場面は体や表情の動きで見せられる部分も多いからかもしれない。染ちゃん、先月の叔父さんの舞台は欠かさず観ていたんだろうなあ。
ここで息を吹き返したか、その後の首実検も、義経に詰め寄る気迫を見せ、相模に小次郎の首を渡すところではまたちょっと堅くなったものの、最後の花道の引っ込みでは例の独白も手堅く聴かせて、引っ込みも勢いで乗り切った。
まだ合格点はあげたくないけど、初演として将来に大いに期待を抱かせるだけの成果は上げたと思う。
七之助の相模は、昼の戸浪同様、頑張ってはいたけど、行儀良く手順通りやりおおせるのが精一杯。小次郎の首を抱いてのクドキも、全く母親らしさが出ないのが辛いが、全体の流れを壊すほどではなかっただけでも良いとするか。正直言うと、せっかくなら芝雀に出てほしかったかも。
海老蔵の義経が、すっきりとした御大将の風情で気品ある様子。
歌六の弥陀六はこのメンバーの中でさすがに本役の貫禄。
とてもじゃないが無理だろうと思った松也の藤の方が、予想外の健闘。院の愛妾らしい色気には乏しいが、品のあるところは見せた。
ところで、冒頭の三人百姓の会話に、「さっき通ったのは藤の方云々」というのは不自然でおかしくないか。こんな演出は初めて観た気がするが、なんで百姓風情が知ってるんだよ~?と思ってしまった。
二、うかれ坊主(うかれぼうず)
願人坊主 松 緑
踊りは良いんだけどね。松ちゃん、顔が変すぎ(爆)。いやそりゃこれは二枚目の色男の役じゃないけど、でももうちょっとなんとかなんないのかしら、と思ってしまいました。目元の赤がきついのかなあ、なんて素人目には見えましたが‥‥。荒事の隈取りなんかはよく似合う人なんだけどねえ。
でもほんとに踊りは上手いのよ、この人は。すっきりした動きが気持ち良いし、願人坊主のちょっと下卑た、剽軽な可笑しさもあって、短いが楽しい舞台を見せてくれた。
三、歌舞伎十八番の内
助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
三浦屋格子先より 水入りまで
花川戸助六 海老蔵
三浦屋揚巻 福 助
白酒売新兵衛 染五郎
くわんぺら門兵衛 松 緑
三浦屋白玉 七之助
福山かつぎ 亀三郎
朝顔仙平 亀 寿
番頭新造白菊 歌 江
通人里暁 猿 弥
国侍利金太 市 蔵
遣手お辰 右之助
三浦屋女房 友右衛門
髭の意休 歌 六
曽我満江 秀太郎
口上 左團次
新之助時代から海老蔵はもう何度も助六をやっているようだが、実は私は初見。襲名の時はどうしてもチケットが取れなかったんだもの。
昼の松王丸に比べると、こちらは既に本役。全く危なげもなく、のびのび、生き生きとやっている。花道の出から華があって勢いがあって、綺麗で格好良くて、まあまさしく絵に描いたような助六。團十郎よりも、若い分だけ助六本来のやんちゃな乱暴者、と言う雰囲気が強く出て、今でないとやれない助六。
「水入り」は、正直言って大して面白いと言うほどでもなく、本水を使っての海老蔵らしいサービス精神の発揮と言うところだろうか。
揚巻は福助で、この人は口許が変に歪むことがあってせっかくの美貌が損なわれるのが惜しい。意休に意気地を見せるところなど、気の強さが良く出ているが、玉三郎に比べるとなんだか妙に下町っぽい(と言うのも変な表現かもしれないが)。もっと言うと、花魁と言うより芸者みたいなんだなあ。まあこれはこれで悪くないか。
染五郎の白酒売りが上手い。力の抜けた和事の二枚目の風情が良く出て笑わせた。
歌六の意休はちょっとニンじゃない雰囲気だが、さすがにきっちりと手堅い出来。。左團次がいるのに歌六になったのは、左團次以外に口上を言える人がいなかったからか。あれは市川姓の人でないとダメなのかな?
松緑のくわんぺら門兵衛は本役で、威勢のいいところを見せた。
亀三郎のかつぎも江戸っ子らしい颯爽とした様子。
猿弥の通人がなかなか可笑しく、「(通れないから)もうちょっと足を開いて」などと自虐ネタで笑わせていた。
友右衛門の女方は珍しい。当たり前だが、雀右衛門さんに似ていて、ちょっとびっくり。
母満江には秀太郎が付き合う。
お正月の浅草歌舞伎よりは、ベテランも数多く出ているし、松竹の後押しも強そうで、「花形歌舞伎」としてはなかなか大がかりで充実した公演だった。10年後とは言わないが、20年、30年後にはみな本役になっているだろう役ばかり、次に生かして頑張ってね。
演舞場と歌舞伎座の違いはいろいろあるが、いちばん寂しいのはロビー売店の品揃えかも。めでたい焼きはもちろん、目の前で焼いてる人形焼きもないし、グッズの種類も少ない。なので幕間が何とも手持ちぶさたなのである。空間がないんだからしかたないけどねえ。
改めて夜の部の配役を見ていたら、あれ勘太郎がいない。次の舞台の稽古があるからかな?ちょっとがっかり。
一、一谷嫩軍記
熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷直実 染五郎
源義経 海老蔵
相模 七之助
藤の方 松 也
梶原平次景高 錦 吾
堤軍次 亀三郎
白毫弥陀六 歌 六
先月、播磨屋の大舞台を都合三回も観たので、比べるのは無理と思ってもやはり比べてしまうのが観客である。
冒頭、花道を歩いてくる染五郎の熊谷を見て、ああこれはダメかも、と思ってしまった。もちろん、一応悄然とした様子ではあるのだが、ただ見た目にトボトボとしているだけで、熊谷の深い悲しみややりきれなさが全然見えなかったからだ。そう言う空気をまとう、と言うのは形からでは出来ないのだろう。
舞台に上がって相模と二人のやり取りになってからも、一生懸命やってはいるのだが、酷な言い方だが大いなるままごとのようで見ていられない。藤の方を相手にもなんだかドタバタしているし、やっぱり染ちゃんにはまだ無理か~、と溜息をつきかけたところで、物語となる。
ところが、この物語が俄然良かったのだ。義太夫の糸にのった台詞廻しの調子の良さ、扇子を使っての動きの大きさ、時々幸四郎より吉右衛門に似ている気がする表情、どれもなかなか立派なもので、ここで一挙に点数を挽回した。そこまでの腹だけで見せる場面はともかく、物語の場面は体や表情の動きで見せられる部分も多いからかもしれない。染ちゃん、先月の叔父さんの舞台は欠かさず観ていたんだろうなあ。
ここで息を吹き返したか、その後の首実検も、義経に詰め寄る気迫を見せ、相模に小次郎の首を渡すところではまたちょっと堅くなったものの、最後の花道の引っ込みでは例の独白も手堅く聴かせて、引っ込みも勢いで乗り切った。
まだ合格点はあげたくないけど、初演として将来に大いに期待を抱かせるだけの成果は上げたと思う。
七之助の相模は、昼の戸浪同様、頑張ってはいたけど、行儀良く手順通りやりおおせるのが精一杯。小次郎の首を抱いてのクドキも、全く母親らしさが出ないのが辛いが、全体の流れを壊すほどではなかっただけでも良いとするか。正直言うと、せっかくなら芝雀に出てほしかったかも。
海老蔵の義経が、すっきりとした御大将の風情で気品ある様子。
歌六の弥陀六はこのメンバーの中でさすがに本役の貫禄。
とてもじゃないが無理だろうと思った松也の藤の方が、予想外の健闘。院の愛妾らしい色気には乏しいが、品のあるところは見せた。
ところで、冒頭の三人百姓の会話に、「さっき通ったのは藤の方云々」というのは不自然でおかしくないか。こんな演出は初めて観た気がするが、なんで百姓風情が知ってるんだよ~?と思ってしまった。
二、うかれ坊主(うかれぼうず)
願人坊主 松 緑
踊りは良いんだけどね。松ちゃん、顔が変すぎ(爆)。いやそりゃこれは二枚目の色男の役じゃないけど、でももうちょっとなんとかなんないのかしら、と思ってしまいました。目元の赤がきついのかなあ、なんて素人目には見えましたが‥‥。荒事の隈取りなんかはよく似合う人なんだけどねえ。
でもほんとに踊りは上手いのよ、この人は。すっきりした動きが気持ち良いし、願人坊主のちょっと下卑た、剽軽な可笑しさもあって、短いが楽しい舞台を見せてくれた。
三、歌舞伎十八番の内
助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
三浦屋格子先より 水入りまで
花川戸助六 海老蔵
三浦屋揚巻 福 助
白酒売新兵衛 染五郎
くわんぺら門兵衛 松 緑
三浦屋白玉 七之助
福山かつぎ 亀三郎
朝顔仙平 亀 寿
番頭新造白菊 歌 江
通人里暁 猿 弥
国侍利金太 市 蔵
遣手お辰 右之助
三浦屋女房 友右衛門
髭の意休 歌 六
曽我満江 秀太郎
口上 左團次
新之助時代から海老蔵はもう何度も助六をやっているようだが、実は私は初見。襲名の時はどうしてもチケットが取れなかったんだもの。
昼の松王丸に比べると、こちらは既に本役。全く危なげもなく、のびのび、生き生きとやっている。花道の出から華があって勢いがあって、綺麗で格好良くて、まあまさしく絵に描いたような助六。團十郎よりも、若い分だけ助六本来のやんちゃな乱暴者、と言う雰囲気が強く出て、今でないとやれない助六。
「水入り」は、正直言って大して面白いと言うほどでもなく、本水を使っての海老蔵らしいサービス精神の発揮と言うところだろうか。
揚巻は福助で、この人は口許が変に歪むことがあってせっかくの美貌が損なわれるのが惜しい。意休に意気地を見せるところなど、気の強さが良く出ているが、玉三郎に比べるとなんだか妙に下町っぽい(と言うのも変な表現かもしれないが)。もっと言うと、花魁と言うより芸者みたいなんだなあ。まあこれはこれで悪くないか。
染五郎の白酒売りが上手い。力の抜けた和事の二枚目の風情が良く出て笑わせた。
歌六の意休はちょっとニンじゃない雰囲気だが、さすがにきっちりと手堅い出来。。左團次がいるのに歌六になったのは、左團次以外に口上を言える人がいなかったからか。あれは市川姓の人でないとダメなのかな?
松緑のくわんぺら門兵衛は本役で、威勢のいいところを見せた。
亀三郎のかつぎも江戸っ子らしい颯爽とした様子。
猿弥の通人がなかなか可笑しく、「(通れないから)もうちょっと足を開いて」などと自虐ネタで笑わせていた。
友右衛門の女方は珍しい。当たり前だが、雀右衛門さんに似ていて、ちょっとびっくり。
母満江には秀太郎が付き合う。
お正月の浅草歌舞伎よりは、ベテランも数多く出ているし、松竹の後押しも強そうで、「花形歌舞伎」としてはなかなか大がかりで充実した公演だった。10年後とは言わないが、20年、30年後にはみな本役になっているだろう役ばかり、次に生かして頑張ってね。