6月23日 歌舞伎座

一・義経千本桜 すし屋
吉右衛門の権太、芝雀のお里、染五郎の弥助実は維盛、歌六の弥左衛門、吉之丞のおくら、段四郎の梶原景時、高麗蔵の若葉内侍

吉右衛門の権太は意外にも歌舞伎座では初だと言うこと。確かに「義経千本桜」では「大物浦」の知盛がニンという感じではあるので、権太がどういう風になるのかとても楽しみにしていた。
その権太、さすがに吉右衛門は細かいところまで神経の行き届いた演技を見せる。
まずは母親を騙してお金をせびるところでは、悪賢そうで、でも何とも言えない愛嬌もある。
維盛の首を打ったと言って戻ってきてからは、梶原に対しふてぶてしい態度をとりながらも、梶原の首実検を見守る目つきに命懸けの気迫があり、引っ立てられていく若葉の内侍と偽った妻と息子を見送る表情が何とも切ない。ああ、この顔を父親が一目見ていれば、後の悲劇はなかったのに、とつい思ってしまった。
父に刺されて手負いとなってからの述懐がさすがに泣かせる。特に、妻子を見替わりにしようと縄を掛けた話のところではもう泣けて泣けてしかたなかった。
前半の「いがみ」と後半のもどりの後の差が際立って、といってわざとらしさのない、素晴らしい権太だった。

染五郎の弥助に優男らしい弱々しげな雰囲気があり、維盛と直ってからは気品を見せた。お里や権太への情もきちんと見せて上等。
芝雀のお里もこの人らしいいじらしさ、娘らしい可愛らしさが十分でぴったり。弥助を慕う様子に一途さがあり、維盛と知っての絶望感に哀れさが見え、それでも維盛を助けようとする健気さもあり、さすがの行儀よい出来。

歌六の弥左衛門が上手い。維盛を助けようとする気概ある老人の様子、父親としての権太とお里への愛情も見せ、誤解とは言え息子を殺した親の悲痛が良く出て泣かせた。
吉之丞のおくらも、しっかり者だが息子にはつい甘くしてしまう老母の様子が出て立派。
段四郎の梶原も大きさがあり、舞台を締めた。
脇役までよく揃って見応えある大舞台だった。

二・身替座禅
仁左衛門の右京、段四郎の奥方、錦之助の太郎冠者、隼人の小枝、巳之助の千枝

仁左衛門は一昨年奥方をやったのを観ているが、右京の方はどうだったか記憶がない。
仁左衛門の右京は何とも愛嬌のある旦那様で、これなら奥方が旦那様愛しさ高じて山の神になってしまうのも無理はないか、と思わせる感じ。浮かれたりがっかりしたり、表情がくるくる変わるのがほんとに可愛い。
花子の元から帰ってくるところではいかにも浮き浮きした様子。ここで他の役者はかなり頬紅をさしているが、仁左衛門はほとんど顔は変えていなかった。それでも十分酔っぱらってご機嫌の様子は伝わるもの。
こういう喜劇的な役をやっても、品が悪くならないのが仁左衛門の良さだろう。

対する奥方の段四郎も、顔は十分怖そうに作っているのだが、滑稽ながらも意外や(失礼!)かわいげも感じさせて、終盤右京に怒りを見せるところも変に大袈裟にしなかったのは立派。
錦之助の太郎冠者も、あまり三枚目にせず、真面目な使用人、と言った風情。

三人ともに行儀良く勤めて、他の顔合わせのような大爆笑と言うより、朗らかな笑いを誘う舞台だった。

腰元の小枝、千枝には隼人と巳之助という若手二人。こちらも硬さがあるのは否めないが、丁寧な出来。巳之助の女形は初めて観たような気がするが、綺麗だったし小顔なのでお父さんよりは女形向きかも。どっちに進むのかしら。

三・生きている小平次
幸四郎の太九郎、染五郎の小平次、福助のおちか
幸四郎が演出も兼ねていると言うが、一体幸四郎はこの芝居をどういう風に見せたかったのだろう。
怪談か、犯罪者の心理劇か、はたまたコメディーホラーか。
幸四郎としては、たぶん、自分が殺した男の影に怯える夫婦の業を描きたかったのではないかと思うが、役者三人の方向性がバラバラで、全然わけのわからない芝居になってしまった。

なんと言っても全てをぶち壊した元凶は例によって福助の行儀の悪さで、まだ一言の台詞も言う前から、小平次が言うような「心の弱い、気の優しい」女には全然見えない。むしろ自分の都合のいいように男を手玉に取っているとしか見えないので、こんな女のために争う男二人が哀れに思えてしまう。終幕でも色情狂の身勝手な女をこれでもかと言わんばかりに見せつけて、(ここまでやれれば天晴れとも言えようが)見苦しいことこの上ない。
先月のお岩さんの方がよっぽど行儀良かったのに、どうしたことだろう。吉右衛門相手ならできて、幸四郎相手ではできないと言うのは、つまりは幸四郎がこれを許していると言うことだろう。この責任は幸四郎にもあるはずだ。
染五郎が大まじめに幽霊を演じれば演じるほど、幸四郎が暗い顔で苦悩を見せれば見せるほど、福助のキャラが浮き立ってしまって、観る方は苦笑いするしかない。
幕が降りて、お義理のようなパラパラの拍手しか起こらないのは久しぶりだったがこれではいたしかたない。何とも情けない芝居だった。

四・三人形
芝雀の傾城、錦之助の若衆、歌昇の奴
吉原を舞台に三人が踊る、まるで絵のように美しい舞台。
傾城と言っても、「助六」の揚巻のようななりではなく、元禄風というのだろうか、古風な鬘と着物。鬘に団扇の形をしたかんざしが挿してあったのが、とても可愛くて素敵だった。芝雀は錦絵から出てきたような、はんなりとした色気を見せて美しく、品がよい。
錦之助も若衆らしい上品さがあり美しい。
奴の歌昇もキリリとした風情があって、三人三様に役にあった雰囲気が好ましい。
とは言え、この三人では吉原らしい「粋」や「艶やかさ」とはちょっと違う風情。まあでも、綺麗だから良いか、と言うような一幕。