3月21日(月) 新橋演舞場

大震災から10日目。国立劇場は上演中止になり、演舞場も見合わせていたが19日から再開。停電の心配もあるし、交通の不自由さもある。それでもやっぱり、やれるところはやって欲しいと思う。芝居でも演奏会でも野球でも。

今日も休日にしては多少空席も目立つが、来ているお客さんはいつも通りだし、役者も普段通りの様子。

一、恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)
中間市九郎後に僧了海    松 緑                
中川実之助    染五郎                   
お弓    菊之助                 
馬士権作    亀三郎                  
若き夫    亀 寿                
浪々の武士    亀 鶴               
中川三郎兵衛    團 蔵               
石工頭岩五郎    歌 六

原作は有名だが、歌舞伎になっているとは知らなかった。
菊之助の悪女振りがものすごい。怖いよ、菊ちゃん……。ほんとうに芸の幅がどんどん広がってるのを実感。夜は可愛い浮舟ちゃんだし。
松緑が、その菊之助扮するお弓に振り回され心ならずも悪事に手を染める男を良心的に演じている。最初の主人殺しから後悔があるから、お弓の非道振りに嫌気がさす様子が自然。後半はぼろぼろの姿で岩を穿ち、実之助に実直に討たれようとする様子に気高ささえ見せる好演。
染五郎が親の敵と狙いながらも、了海の真摯な態度に打たれていく青年を素直に見せた。染五郎と松緑のコンビも良いと思うんだよね。
歌六が親方らしい懐の大きさを見せて舞台を締めた。
おっと、亀鶴が今月これだけとはもったいない。もうちょっと出番あげたいな。

後半の了海が洞窟を掘る場面を観ていたら、今度の地震からの復興は、まさに岩をも貫く意志が必要なのかもと思えてきて、でもきっとやれるよね、大丈夫だよね、とか思ったら涙が出てしようがなかった。本来のこの芝居の主題とは違うかもしれないけど。

  六世中村歌右衛門十年祭追善狂言
二、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
  御 殿   
  床 下                 
乳人政岡    魁 春                   
八汐    梅 玉                  
沖の井    福 助                  
澄の江    松 江                 
一子千松    玉太郎               
荒獅子男之助    歌 昇                   
松島    東 蔵                 
仁木弾正    幸四郎                  
栄御前    芝 翫

立女形の代表的な役の一つ、政岡を魁春がやるとは思わなかった。父の追善興行だからと言うことで実現したという。おそらく最初で最後になるのでは。

その魁春の政岡は、よく言えば行儀良く丁寧に努めていて嫌味がない。だが、いかにも教えられたとおりに一生懸命やっています、と言う様子が見えてしまい面白味がなく淡泊。特に千松が八汐に刺された後も意志的に「顔色一つ変えず」というよりただじっとしているように見えてしまうのも、一人になって死骸に取りすがるところもいまいち感情の発露がないので、こちらもカタルシスを感じられない。義太夫の糸に乗り切れていないのももどかしい。この芝居を観て泣かなかったのは初めてだ。

梅玉の八汐もメークはとっても怖いけど、型どおりで迫力不足の感は否めない。この人本来の行儀良さがこの場合は弱点になった感じ。

芝翫の栄御前、1月休演から復帰されたのは良かったがなんだかまだお元気なさそう。いささか心配。

元気良かったのは歌昇の男之助。荒事らしい豪快さがあって立派。歌昇にはもっと芯になる役をどんどんやって欲しい。

仁木は幸四郎。貫禄はたっぷり。だが引っ込みがあっさりで物足りない。普通にすたすた歩いて帰っちゃったよ。「雲の上を歩く心地で」の口伝はどうした?

三、曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)
  御所五郎蔵                
御所五郎蔵    菊五郎                 
傾城皐月    福 助                 
傾城逢州    菊之助                 
新貝荒蔵    亀三郎                 
秩父重介    亀 寿                
二宮太郎次  尾上右 近              
番頭新造千代菊    歌 江                 
梶原平蔵    権十郎               
甲屋女房お京    芝 雀               
星影土右衛門    吉右衛門

本来は両花道を作って、冒頭の五郎蔵一派と土右衛門一派の渡り台詞の場面を見せるが、今回はなし。両花道にするとその分客席が減るからだろうが、面白味は半減。
そういうわけで、花道からは吉右衛門が、舞台上手から菊五郎が出てきて舞台で、という図になった。
この場面をやっているときに、あの地震が起こったそうで、揺れながらも役者さんは懸命に台詞を続けていたそうだが幕が引かれたとのこと。この日の舞台を拝見しながらその話を思い出し、たった10日前のこの時間を境に人生が変わった人がたくさんいることを忘れてはいけないと思い、心の中で手を合わせた。もちろん、自分がこうして変わらず歌舞伎を観られる幸せに感謝しつつ。

菊五郎の五郎蔵は文句なしに格好いい。男前で颯爽として気っ風が良く、お主のために苦労する義理堅いところもある。その一方で、皐月からの縁切りを真に受けてかっと頭に血を逆上せて殺しに走る単純さも見える。なんで「これには何か訳が」と疑わないかな~。前にこの役を見たのは仁左衛門で、仁左様だとこの直情径行ぶりがちょっと無理ある感じだったのが、菊五郎だと良い意味で軽さがあるので、この男ならやりそう、って言う感じ。
皐月、実は逢州殺しでは美しい型を決めてまさに絵のよう。
その後の土右衛門との立ち会いもきりりと締めて、格好いいことこの上ない。

相手の吉右衛門の土右衛門も、貫禄があり、敵役らしい憎々しさがありながらも、皐月に言い寄る色気もあってさすがに立派。菊五郎と渡り合うだけの貫目があるから芝居が一方的にならずに面白い。この頃菊吉の共演が以前より増えているのは嬉しい限りで、この二人が揃うと、特にこういう江戸世話物の面白さは抜群の出来。今後もどんどんやっていただきたい。

福助の皐月、行儀の良い出来で、美しく色気もあって、夫五郎蔵に金をやるために縁切りをする辛さ悲しさが見えて上々。
菊之助の逢州も全盛の傾城らしい華やかさと色気があって美しく、皐月に思いやりを見せる心の優しさも見えて立派。殺される場面でも型の綺麗さを見せた。いやはや、ちょっと前は悪婆やってたんですけど。
芝雀の留め女がご馳走。