2月23日
東京都美術館

http://www.borghese2010.jp/index.html

ボルゲーゼ美術館というのは、ローマにあって、もとは名門貴族ボルゲーゼ家の所有だった広大な敷地の中にあるそうだ。コレクションは16世紀の当家のご主人シピオーネ・カッファレッリ=ボルゲーゼ(Scipione Caffarelli-Borghese, 1576-1633)枢機卿によって収集されたものが始まり。この人の叔父さんが当時の教皇パウルス5世であったことから、その莫大な権力と財力(今と違って教皇の地位はすごかったもんね)にものを言わせて集めたものらしく、ルネッサンスからバロックにかけての名品揃いだとか。今回の展覧会は、この美術館を日本に紹介する初めての展覧会。

展示はほぼ年代順。


最初に出てくる見物はボッティチェリとその弟子達の「聖母子、洗礼者ヨハネと天使」
工房制作のためか、天使達の何人かの顔はボッティチェリのものとは違うし、背景なども彼らしくなく繊細さに欠ける。それでも聖母の表情や、衣装の金糸の縫い取り、手の指の形などは、ああやっぱりボッティチェリ、と思わせる美しさがあって見とれてしまう。


次がこの展覧会最大の呼び物、日本初公開のラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」。
この絵は昔は一角獣のところに車輪があって、「聖カタリーナ」と思われていたのが、20世紀になってX線写真による透写で別の絵が浮かび、洗浄と修復の結果今の形を取り戻したという謎の絵。会場では修復前の絵の写真も展示してあって比べて見ることができる。
ラファエロの絵に手を加えるなんて今では考えられないけど、何か事情があったんだろうか。モデルもいまだに不明で、いろいろ謎の残っている絵なんだそう。一角獣にしても普通描かれるものより随分小さい。たいてい鹿くらいの大きさじゃないですか?
ラファエロ20代前半の若い頃の作品と見られ(と言ってもラファエロは30代で死んじゃうんだけど)、後の傑作の数々に比べると女性の表情がなんとなくのっぺりしていて硬かったり、それほど魅力的な作品とは思わないけど、髪の毛のちょっとほつれたところの繊細な描写や、衣装の袖と首飾り(ガーネットかしら)の共鳴するような深いワイン色、それに女性が抱く一角獣の前脚の何とも柔らかそうな毛の感触(思わず触りたくなっちゃうような)とか、いややっぱりラファエロは上手いなあ。


そして時代が少し下がって、これはギルランダイオによる「レダ」。
展示では同じギルランダイオの「ルクレツィア」と対にしてあった。絵の雰囲気も似ていたからきっと元々一組なんだろう。説明では、ゼウスの化身の白鳥に誘惑されるレダと、ローマ王に迫られて自害して貞節を守ったルクレツィアとの対比、だとか。なんだかちょっと無茶な組み合わせな気がするけど(笑)。絵の方は、柔らかな色調が美しい。服装や髪型はたぶん描かれた当時の上流婦人のモード。白鳥(目つきが悪い!)が一緒にいないと「レダ」とは判らないが。


もう一つの呼び物、これも日本初公開、カラヴァッジョの「洗礼者ヨハネ」。
カラヴァッジョも昔は日本ではそれほど知られてなかったような気がするけど、ここ20年くらいですっかり有名になった。確か彼の生涯を描いた映画がちょうど公開中じゃなかったかな?これは彼の最晩年の(と言って彼もラファエロ同様も38歳の若さで死んでいるが)作品。殺人を犯して逃亡中に、恩赦のとりなしを期待して、パトロンであった枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼへ贈られる予定であったが、結局間に合わなかったという曰く付きの絵。
カラヴァッジョの絵のモデルって、中性的な顔が多い。これもそう。ヨハネにしてはなんだかちょっと艶めかしささえ感じさせるような妖しい雰囲気。こんな絵を聖職者の枢機卿に贈って良いんですかね(笑)。それはともかく、カラヴァッジョと言えば闇の中で光に浮かぶ主体が特徴だが、これも暗い背景にヨハネの輝くような裸体と赤い布が目を射るよう。ヨハネに寄り添う羊もさりげなく美しい、紛れもない傑作。私的には、ラファエロよりこっちが見られてよかった。

他はそれほど有名な画家の作品はないし、出品作も50点ほどと少ないけれど、15~17世紀のイタリア美術の高い水準が一望できる。それにやはり、ラファエロやカラヴァッジョの作品はなかなか日本までは来てくれないから、これだけでも観に行く価値はあると思う。

なお、都美術館はこの展覧会が終わるとリニューアルのために2年ほど休館となるらしい。歌舞伎座もそうだが、ここも古いのでエスカレーターがない、トイレも綺麗じゃない、など不便な点があるので改善されるとうれしい。