秀山祭九月大歌舞伎 夜の部 [舞台]
歌舞伎座
一、ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
逆櫓
船頭松右衛門実は樋口次郎兼光 吉右衛門
漁師権四郎 歌六
お筆 雀右衛門
船頭明神丸富蔵 又五郎
同 灘吉九郎作 錦之助
同 日吉丸又六 松江
松右衛門女房およし 東蔵
畠山重忠 左團次
9年ぶりの吉右衛門の樋口。もうどこをとっても素晴らしいの一言。
前半、松右衛門としての台詞は世話物らしいくだけた調子で梶原に呼び出された件を物語る。明るく屈託のない様子。眼目は二度目の出で、樋口と顕すところから。戸口から外をうかがいながら「権四郎、頭が高い」の圧倒的な威圧感。それがまた権四郎に頭を下げての「親父様……」でまた少し世話に戻って許しを請う語り口に真摯な情がこもり、侍の樋口と、婿の松右衛門が行ったり来たりしながら心情を表していく、その表現の的確さと深さ、人間のあたたかさ大きさ、ただ聞き惚れる。
後半の立ち回りは、さすがに体の衰えも垣間見えるが、堂々たる威丈夫ぶり。捉えられた無念、畠山の武士の情けに感じ入る広やかさ、そして若君を助ける権四郎の情への感謝。そこにいるだけで、ただただ大きくて立派でかっこいい。
歌六の権四郎がまた素晴らしい。一徹で孫への愛情が深く、故にお筆が許せず怒りにまかせて若君を討とうとする…その怒りと悲しみの深さ激しさが胸を刺す。それが松右衛門が樋口とわかっての納得と、それでも諦めきれない悲しみが、笈摺の始末のくだりにあふれ出す。
雀右衛門のお筆、ひたすら若君大事の忠義心にあふれる。忍の一字のつらい役どころ。槌松を死なせてしまった申し訳なさと、なんとかして若君を取り返したい気持ちのせめぎ合いに苦悩する様子がひしひしと伝わる。しとやかな中に心の強さを見せる武家女らしいキリッとした雰囲気もあって素敵。
東蔵のおよしも人の良さそうな、女房で母で、また父の世話をする娘で、かいがいしい様子に子供が死んだと知った嘆きの哀れさが大げさでなく伝わる。
とにかくこの四人のアンサンブルが素晴らしく、チーム播磨屋の面目躍如。
いつも同じ顔ぶれってつまらない、とも思うけれど、やはりおなじみだから生まれる空気感もあって、今回のような舞台はこの顔ぶれだからこそとも思えた。
昼の幡随院と言い、夜のこれと言い、今この舞台を見られたことに感謝。
あと、船頭に逆櫓を教える場面では遠見の子役を使った。この子役さん達が達者だったことも記憶しておきたい。
二、再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)
桜にまよふ破戒清玄
新清水花見の場
雪の下桂庵宿の場
六浦庵室の場
清水法師清玄/奴浪平 染五郎
桜姫 雀右衛門
奴磯平 歌昇
奴灘平 種之助
妙寿 米吉
妙喜 児太郎
大藤内成景 吉之丞
石塚団兵衛 橘三郎
按摩多門 宗之助
荏柄平太胤長 桂三
千葉之助清玄 錦之助
山路 魁春
吉右衛門が松貫四の筆名で書いた清玄桜姫ものの狂言。初演再演では自分が演じた役を染五郎に譲った。新作とは言えオーソドックスな歌舞伎で、知らずに見たら古典と思うかもしれない。あくまで歌舞伎は江戸の空気を伝えなくては、と言う吉右衛門らしい作品ではある。
染五郎が奴と破戒前後の清玄という実質三役を生き生きと言うよりノリノリでやっていて、なんだかとても楽しそう。吉右衛門の実演は見ていないのだが、染五郎への当て書きじゃないのかと思うくらい。特に最後の破戒した清玄の鬼気迫る様子は見もの。
雀右衛門の桜姫と錦之助の清玄が似合いのカップル。しかしまあ、お姫様の無邪気な恋は災いを呼ぶのは常としても、さすがにこの僧清玄からの祟られ方は、身から出たサビとは言え可哀想。
魁春が桜姫に仕える腰元で、ある意味この人の策略がすべての元凶と言えなくもないのだが、しれっとやっちゃう感じが魁春さんらしいと言うかなんというか。この人って意外に巧まざる可笑しさがあるんだよね。
歌昇・種之助がそれぞれ奴で活躍。
児太郎と米吉は僧清玄に仕える小姓で、破戒した後も世話をする健気さ。でもあまりのお師匠様の破戒ぶりに行く末を儚んで身を投げちゃうと言う、哀れな二人。でも可愛かったな。
最後の「ええ、ここで終わるのか!」な点を始め、突っ込みどころはいろいろあるが、染ちゃんにはぜひ持ち役にして納涼ででも再演してもらいたい。
一、ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
逆櫓
船頭松右衛門実は樋口次郎兼光 吉右衛門
漁師権四郎 歌六
お筆 雀右衛門
船頭明神丸富蔵 又五郎
同 灘吉九郎作 錦之助
同 日吉丸又六 松江
松右衛門女房およし 東蔵
畠山重忠 左團次
9年ぶりの吉右衛門の樋口。もうどこをとっても素晴らしいの一言。
前半、松右衛門としての台詞は世話物らしいくだけた調子で梶原に呼び出された件を物語る。明るく屈託のない様子。眼目は二度目の出で、樋口と顕すところから。戸口から外をうかがいながら「権四郎、頭が高い」の圧倒的な威圧感。それがまた権四郎に頭を下げての「親父様……」でまた少し世話に戻って許しを請う語り口に真摯な情がこもり、侍の樋口と、婿の松右衛門が行ったり来たりしながら心情を表していく、その表現の的確さと深さ、人間のあたたかさ大きさ、ただ聞き惚れる。
後半の立ち回りは、さすがに体の衰えも垣間見えるが、堂々たる威丈夫ぶり。捉えられた無念、畠山の武士の情けに感じ入る広やかさ、そして若君を助ける権四郎の情への感謝。そこにいるだけで、ただただ大きくて立派でかっこいい。
歌六の権四郎がまた素晴らしい。一徹で孫への愛情が深く、故にお筆が許せず怒りにまかせて若君を討とうとする…その怒りと悲しみの深さ激しさが胸を刺す。それが松右衛門が樋口とわかっての納得と、それでも諦めきれない悲しみが、笈摺の始末のくだりにあふれ出す。
雀右衛門のお筆、ひたすら若君大事の忠義心にあふれる。忍の一字のつらい役どころ。槌松を死なせてしまった申し訳なさと、なんとかして若君を取り返したい気持ちのせめぎ合いに苦悩する様子がひしひしと伝わる。しとやかな中に心の強さを見せる武家女らしいキリッとした雰囲気もあって素敵。
東蔵のおよしも人の良さそうな、女房で母で、また父の世話をする娘で、かいがいしい様子に子供が死んだと知った嘆きの哀れさが大げさでなく伝わる。
とにかくこの四人のアンサンブルが素晴らしく、チーム播磨屋の面目躍如。
いつも同じ顔ぶれってつまらない、とも思うけれど、やはりおなじみだから生まれる空気感もあって、今回のような舞台はこの顔ぶれだからこそとも思えた。
昼の幡随院と言い、夜のこれと言い、今この舞台を見られたことに感謝。
あと、船頭に逆櫓を教える場面では遠見の子役を使った。この子役さん達が達者だったことも記憶しておきたい。
二、再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)
桜にまよふ破戒清玄
新清水花見の場
雪の下桂庵宿の場
六浦庵室の場
清水法師清玄/奴浪平 染五郎
桜姫 雀右衛門
奴磯平 歌昇
奴灘平 種之助
妙寿 米吉
妙喜 児太郎
大藤内成景 吉之丞
石塚団兵衛 橘三郎
按摩多門 宗之助
荏柄平太胤長 桂三
千葉之助清玄 錦之助
山路 魁春
吉右衛門が松貫四の筆名で書いた清玄桜姫ものの狂言。初演再演では自分が演じた役を染五郎に譲った。新作とは言えオーソドックスな歌舞伎で、知らずに見たら古典と思うかもしれない。あくまで歌舞伎は江戸の空気を伝えなくては、と言う吉右衛門らしい作品ではある。
染五郎が奴と破戒前後の清玄という実質三役を生き生きと言うよりノリノリでやっていて、なんだかとても楽しそう。吉右衛門の実演は見ていないのだが、染五郎への当て書きじゃないのかと思うくらい。特に最後の破戒した清玄の鬼気迫る様子は見もの。
雀右衛門の桜姫と錦之助の清玄が似合いのカップル。しかしまあ、お姫様の無邪気な恋は災いを呼ぶのは常としても、さすがにこの僧清玄からの祟られ方は、身から出たサビとは言え可哀想。
魁春が桜姫に仕える腰元で、ある意味この人の策略がすべての元凶と言えなくもないのだが、しれっとやっちゃう感じが魁春さんらしいと言うかなんというか。この人って意外に巧まざる可笑しさがあるんだよね。
歌昇・種之助がそれぞれ奴で活躍。
児太郎と米吉は僧清玄に仕える小姓で、破戒した後も世話をする健気さ。でもあまりのお師匠様の破戒ぶりに行く末を儚んで身を投げちゃうと言う、哀れな二人。でも可愛かったな。
最後の「ええ、ここで終わるのか!」な点を始め、突っ込みどころはいろいろあるが、染ちゃんにはぜひ持ち役にして納涼ででも再演してもらいたい。